熊本地震を経験した貴重な日々(二日目)

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非日常

2016年4月14日 熊本地震 前震がおわり


2016年4月15日
ほとんど寝ることなく朝を迎えました。

あたりが明るくなった早朝、バイクで近所を
見て回りました。

昔からある古い建物の外壁が壊れ、道路に落ちています。
コンビニの2階にあった塾の看板が落下していました。

うわ~ と思いましたが、見回ってみた感じは
外は特にそれ以外の目立った被害はなさそうでした。
「倒壊」というほどのものもありませんでした。
どこも、しっかり建っています。

被害はやはり自宅です。

荷物の多い家ほどすべてがひっくり返りました

当時のそら宅は

地震予防に寝室の背の高いタンスには家具転倒防止の
つっぱり棒をセットしていました

子供部屋は、足音防止と防寒を兼ねて、
二段ベッドと勉強机の間のあいている床に
タイルカーペットをしいていました。

そして、虫のしらせか
数日前に母が、地震がくるといけないからと
リビングの大きな棚の開き戸にロックベルトをはめていました。

これがすべて幸いしました。

大きな家具は倒れず

タイルカーペットは敷き詰めてではなく、
ベッドと勉強机の間にはめてあり、
それがお互いのストッパー、滑り止めの役目を
果たし、動きませんでした。

リビングの大きな棚の開き戸はロックベルトで、
中身が飛び出すことはありませんでした。

我が家の被害といえば

重いピアノが動いて、離れていたはずのベッドにぴったり
くっついていたこと
(間にいたら確実に挟まれけがをしていたでしょう)

軽いものが落ちました。

軽い棚も運よく壁伝いに傾いていました。

一番ひどかったのはロックのかかっていない台所。
食器が飛び出し、まあ派手に割れました。
台所の床は一面割れた食器の破片たちだらけ。
靴を履いていないと侵入すらできません。

地震対策しててよかった!(^^)!

よそのお宅よりたぶん少ない被害ですみました。

ガス電気水道は、たしか止まらなかったと思います。

出勤時間まで片づけをし、いつもと同じように職場へ行きました。

職場も特別大きな被害はなかったと記憶しています。
(多少の片づけはありましたが・・・)

利用者等の安全確認や、訪問をして一日がすぎました。

こんなときだというのに、
あれがないと利用者に言われて、スーパーに豆腐を1個
買いに行きました。

そこでみたのは、すごい行列!

みんな、カートの上下に山のように食料をいれています。

余震があるとはいえ、もう終わったのに今さら・・・

と豆腐1個買うのにものすごい時間がかかって、寝不足の
そらはイライラしたのを覚えています。

が、この人たちの行動が本当は正しかった。

時間がたつにつれ、テレビでは私たちは
「被災者」と呼ばれていました。

被災者感はあまりなかったので、被災者と呼ばれるほどでは
・・・と思っていました。

テレビに映る地震の被害はやはり、古い建物の被害など、
ほんの一部のように見えました。

終業時間です。

大変だったね
今日はみんなゆっくり寝ようね
みんな無事でよかった
もう来ないよね
また明日

声をかけあって別れて自宅へ戻りました。

残りの片づけは両親と子供たちがしてくれていました。

夕飯を食べ、風呂に入り(ガスはたしかとまってなかった)、
さあ、気づけば
4月14日は仕事して
夜は地震で完徹状態
4月15日は仕事して。

いやだ、どれくらい寝てない?

すでに体力は限界です。

夜10時にはバタンキューで眠りにつきました。

家族はリビングで、私は寝室の二段ベッドの上の段で。

いつもは二段ベッドに子供、床にそら、で寝ています。

昨日の今日なので二段ベッドの上にいました。
テレビで1週間は余震に注意と言っていたから。
(実際小さな地震はとまることなく続いていました)

下にいてベッドが崩れたら下敷きになると思ったから。

上なら最悪でもまっすぐか斜めに崩れるだろうと
(部屋せまいから)予想して、上にいました。

まさかこの約3時間後、
比較にならない本当の悪夢がおそってくるなんて、
このときのそらは思いもしませんでした・・・

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