そらはシングルマザーです。
福祉のお仕事をしています。
正社員になる前は、登録ヘルパー(訪問介護)をしていました。
なんで、介護職に行こうと思ったのかは
今だに不明です(笑)
学生、新社会人のころ、祖父母がなくなりましたが、そらはなにもできません
でした。
祖父が亡くなったときはまだ中学生だったと思います。
よくわからないまま、祖父を見送りました。
祖母が亡くなったときは
20歳くらいだったでしょうか。
当時そらは保育士(保母)として働いていました。
まあ、もう大人だったのですが、保育園っていがいと
ハードなんです。
今は、働き方改革でそんなことはないのかもですが、
20年以上も前は、
1日休みは日曜日だけ。
土曜日は半日のときもありましたが、あいてる時間は
保育室の飾りつけや、子供たちの作品展示準備などで帰ってからも
なんやかんやありました。
日曜日は身体を休める日で終わる日々。
そんな感じだったのですが、
県外の祖母が入院していたとき、
祖母と一緒に暮らしていた叔母から
見舞いに来てと、何度も言われていました。
が、若いとはいえそらにはそんな体力がない。
連休はなかなかとれないし、
車ももってない
日帰りはもってのほか。
だって次の日からのハードな日々が待っているのですから。
お預かりしている子供たちに
事故でもあったら大変です。
疲れた体で週の初めを迎えるわけには
いきませんでした。
でもなんとか時間を作って
1回か2回行った気がします。
病院にお見舞いにいったとき、
当時、これまた別の県外に住んでいた兄と鉢合わせ
したことがありました。
しかも彼女連れ。
彼女は介護福祉士でした。
そりゃー慣れてるもんです。
食事介助も身体に触るのもお手の物。
てきぱき動いていました。
が、当時のそらは保育士(保母)です。
介護なんてしたこともなければ
お年寄りって特に苦手な部類(>_<)
結果、見舞いにいったからといってもなにもできずに、
もやもやして帰っただけの
記憶があります。
その後祖母が亡くなったときも
やっぱりそらはなにもできずに終わりました。
別に引きずりもしてませんでしたが、
その記憶があったんでしょうか、
その後、結婚して子供も二人生まれ
そろそろ働きに…と考えてたどり着いたのが
介護という仕事でした。
ヘルパー2級(現、初任者研修)の資格をとりにいくとき
なんてったって、もともとお年寄りは苦手です(*_*;
まあできなくても、両親の老後の面倒をみるときに
役に立てばいいかと、
それくらいの気持ちで受講しました。
講義を受けている間も、
特にその気持ちに変化はありませんでした。
変化がおきたのは
いざ!現場実習へ!のときでした。
そらの実習先は自宅から自転車で行ける距離の近所の
グループホームやら、
デイサービスやらを小さなお家でやっている
施設でした。
ほかの人たちはほかの施設や病院に実習にいっていましたが
帰ってから聞いた一言は
「すごい邪魔者扱いされた」
「なんか…、介護はないかな」
忙しく今は猫の手も借りたいほどの人手不足の介護現場、
当時は人手不足も深刻ではなく
なにもわからないど素人がウロウロするのは
邪魔だったことでしょう(*_*;
今思い出すともったいない話です。
ですが、そらの実習先は違いました。
「あ~猫の手も借りたかった、助かる~(●^o^●)」
「ありがとう~」
と言ってくれました。
おかげさまで介護に拒否は覚えませんでした。
ある日、一人の90歳ほどの認知症の利用者さん(女のおばあちゃん)に
一日つくようにと言われました。
おばあちゃん、
口をひらけば、
「ああ死にたい、もう死にたい。
まだお迎えはこないの?」
当時のそらはなんて答えていいかわからず悩みました。
それを話すと職員さんから言われました。
「もうちょっとよ~順番順番(*‘∀‘)」
「あの人たちはもう十分生きてきた、深刻なことじゃないの
満足した死にたいなんだよ」
目からうろこが落ちた気がしました。
ふとおばあちゃんの隣に座って話をしていると
「いいこだね~よしよし(*´▽`*)」
と頭をポンポン。
これも衝撃的でした。
大人の私の頭をポンポンΣ(゚Д゚)
大人として生きてきて大人扱いされない時間。
ああ、この人たちにとっては
そらはまだまだ小娘でひよっこなんだと
思ったら
いい大人ですが、気恥ずかしさもあり
嬉しさもあり…(*‘∀‘)
この人たちと接することは
お世話をしているようで
学ぶことはたくさんあるんだと思いました。
それからあれよあれよ、気づいたらそらは
苦手なはずの高齢者のお世話という
介護職につき
早13年。
一番長く続いている仕事です。
苦手と思っていたのは食わず嫌いだったことに
気づきました。
それ以上に、なにがいいかって
訪問介護は時間の融通がきく!
直行直帰なんです(^^♪
子育て中のそらには大助かり(^^♪
そらは子供の成長に合わせて働き方を変えてきました。
子供が小さいうちは
週二日、保育預かりに行っている時間だけ。
保育園に入ったら
保育園に行ってる間と、夜寝たあとに一件。
小学校に入ったら
子供が小学校に行って帰ってくるまで。
そして子供が寝た夜。
少し小学校に慣れたら
小学校から帰ってきた夕方にプラス一件いれる。
子供に合わせた働き方をしていました。
当時のそらは仕事よりも家庭ファースト!
なので、子供も私が仕事をしてる意識はあまり
なかったのではないかと思います。
(わかりませんが…)
時給はいいし、1件1時間からいける。
夜はさらに時給はアップ。
子供が病気の時は
小さいときはちゃんと1日休めるし
少し大きくなると1件行って2件目休み3件目行ってと
子供が留守番できそうな時間をみはからい、働きに。
ちょこちょこ帰宅できるので
子供の不安もあまりなかったかもです。
子育て世代で
一日何時間も拘束されるパートさんに比べたら
全然働きやすかったです。
もし、このお話で福祉のお仕事に興味を持ってくれた方
がおられたら、
このお話が、シングルマザーや子育て世代の
お役にたてたら幸いです(^^♪
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